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理想論

 

どうしようもなく完璧主義者だし、話すことは理想論ばっかでって人間なんだけど、なんというか「他人の善意」というものを信じすぎていたんだと思う。他人を思いやっているはずだとか、自分の欲のために他人を利用しないとか、正しく生きようとしてるはずだとか、残酷な人間なんていないと思いこんでいた。

それで傷ついたり、失敗したり、うまくいかなかったり、を繰り返しながら、他人の善意は信用に欠けると学んだ。私が思ういい人なんて、ほとんどいない。それどころか、他人のためにっていうのはどうやら間違っているみたいで、自分のために自分のことだけ考えるのがいちばん人間らしくて自分を大切にする生き方なんだって。そういう風潮の中で育ってきた。

長女なこともあって、自分のためっていうのはなるべくさけなきゃいけないことだったから、他人のために行動するのがいちばん当たり前で自分のためだと思ってたから、正直いきなりそんな風潮の中にいれられてしんどかった。自分をいちばん優先して大切にできる人がすごく羨ましかった。

 

だからもうその風潮に染まろうと決めた。私を他人のために動ける人間になるように育てた両親すら、妹が大きくなると自分をだせるほうを優先して、妹の自己主張を優先して、我慢した私に気づいてすらくれないので、もう私が他人のために頑張る理由はないので。

 

そうやって自分のために生きようとして、今度は自分と自分が大切な人のために生きようと思った。1人じゃ生きられないから。大切な人のためなら頑張れるなと思ったので。

親の都合と世間の風潮と1人で生きられないことに振り回されながら、他人が怖くなっていく。他人が怖い。目の前の他人が私に善意を向けてくれないかもしれない。なにもしていないのに向けられた悪意に対して、無視すればいいのに、馬鹿みたいに傷ついて、自己嫌悪に陥る。スプラトゥーンって、いったん攻められちゃうと相手のとこだと動きづらいし、形勢逆転が難しいなって思ったんだけど、あ~人生みたいだなって。頭が悪いのでスプラトゥーンと人生が重なる。1回ダメになると、上を目指すのって難しいんだよね。そもそものチームとか環境もあるしね。ラッキーなことが起きて、形勢逆転できるかもしれないし、勢いに任せて勝っちゃう時ももちろんあるんだけど。

 

いつも話がそれる。たくさん荷物を背負わされて、しかも他人の目にはなかなか見えないもので、理解も配慮も協力も得られないまま、1人で背負って生きていくしかないんだろうか。荷物が重くても頑張れば歩けるでしょって言われ続けなきゃいけないのか。もう疲れたな。歩くけどさ。他人が怖い。私の知っている他人とは違って、実際の他人はわかってあげようって思ったりとか、相手を尊重したり大切に想ったりってことをしないみたいだ。私がこんな人間だから大切に想われないのか。1人で生きていきたい。1人で生きられるようになりたい。