正しく生きる

 

自分がされたいことを他人にするみたいな、そういう面があると思う。特に認めることに関して。つまり私の他人への承認は、自分が承認されたいがためのものなのかもしれない。自分が許されたいから、他人を許すのかもしれない。

ずっと許せないことがある。でもどうしようもないからもう許そうと思った。そのころの当事者たちには、それが最善だったんだ。当事者たちの苦しみをその時の私は理解できなかったから、私にも非はあるから。

正しく生きたいという欲求が凄く強い。正しく、ちゃんと、優しく生きたい。

昔からそう思っているけど、いろんな経験をするにつれて、頑張れない人がいることを知ったし、人の意思と行動は必ずしも一致するわけではないことも知った。他人を許すためのたくさんの事実を知った。他人を許すことは正しいことだから。

でも誰も私を許してくれないな、と思う。他人に求めてしまうのがいけないけど。「あなたはあなたなりに、正しく頑張って生きているよね」という承認。きっとみんな心のどこかで、私のことを甘えている人間だと思っているんだ。正しく生きてないと思っているんだろ?

 

こういう点で、いつも諦めてしまうな。私が得たい承認を与えてくれる人じゃないってわかると、その人と関わるのがしんどくなってくる。間違ってるなら間違ってるでいいし、意見があるなら言えばいいのに。正しく生きたいという欲求が強い人じゃないとダメなのかもしれないね。他人と関わることでなにを得たいんだろう。

難しく考えるのが癖だから、ついつい理屈っぽくなっちゃう。ひとりで生きられたら楽なんだけどな、